能登半島の最果ての地,禄剛埼周辺海域は古くから海難事故が数多く,北回り廻船の要衝を占める地として宝暦6年(1756年)に焚き火常夜灯設置の要望がなされ,背後の山伏山の一角に灯明台を築き,火皿に油を浸し,火を点じ海難防止を図っていたと伝えられている。
灯塔は,石造で良材を求め,海路約60km離れている七尾湾に面した穴水町から小船で運び,岬に索道を掛け人力で現場へ引き揚げるという難工事で完成まで約2年を要した。
灯塔入り口上部にある記念額には菊の御紋章があり,これは,全国の灯台のなかでこの禄剛埼灯台だけである。

